たぶん性の目覚めの最初から、裸よりも下着姿のほうが好きで。
 
成人してカメラを手にしたらそういう写真を撮りたくなって、
ときどきモデルさんを探しては、下着写真を撮らせてもらっていました。
 

この辺りはそんな頃の写真。
 
 
それが近年だんだん進化して、もはや下着姿じゃなくてもよくなってきた。
興味が薄れたわけじゃなく、服着ててもエロいな、と。
 
 
 
誤解なきように伝えたいのだけど、この「エロい」は
「グッとくる」とか、女性の言う「かわいい」とか、そういうのが近いと思う。
ニュアンスとしては。
 
 
「脱がせたい」とか「セックスしたい」とか、そういう直接的な性欲とはイコールではない。けっして。
だって、下着好き(着衣フェチ)なわけだからさ。
 
大枠で見れば、可愛いもの、美しいもの、楽しいものを眺めていたいっていう欲望なのだ。
そして、「もっとグッとくる姿が、可愛い姿が見たい」という一心で、カメラを握っている。
 
 


 
 
カメラマンっていうのは、その写真を撮った瞬間のことを覚えている。
少なくとも僕はそうで、何千枚何万枚撮ってきていようと、その写真を見た瞬間に、撮った時のことを思い出す。
 
 
だから当然、自分が撮って作品に仕上げた写真は、自分の感情にしっかり訴えてくる。どこにエロスを感じたかもありありと伝わる。
それを、他の人にも伝えられる写真を、撮れるようになりたいのだ。
 

 
 
 
何かを見てどう受け取るかは、人それぞれ。なんて言ってしまえばそれまでだけど、
見た瞬間に下品さ・いやらしさを真っ先に感じてしまうような、「性を吐き出す道具」的な画は、やっぱり撮りたくない。
 
美しい、きれい、かわいい、幸せ、ドキドキする、面白い、この娘のほかの表情も見たい・・・そういう気持ちが高まるようなものであってほしい。
 
 
 
 
この記事の最初に載せた写真で言えば、これは和気藹々とした雰囲気の中で、「どんだけパンツ好きなの〜w」なんて言われながら撮らせてもらったもの。
 
ちょっとアングラ感のある光、若さを感じる艶かしい太もも、少し大人びた紫の下着、あっけらかんとスカートをめくる軽い手つき、全てが好きな、お気に入りの写真だ。
 
 
だけど、これだけ見せられてそういう雰囲気まで感じてくれる人は果たしているのか。
無理やりめくらされてるんじゃないか、なんて勘ぐる人も少なからずいそうだ。それはとても残念でならない。
 
 
そうならないためにも、ぐうの音も出ないほど、エロくて、楽しくて、まぶしい、そんな写真を撮れるようになりたい。
 
 
女の子よ、幸せであれ。
そのうえで男性も女性もときめく”魅力的な女の子”を見せてくれ。綺麗に切り取るから。
 
そういう想いで、いるわけです。